応募総数 三百三十六句
奉納俳句選評
特選
底冷えの百畳固き御師の宿 髙井 美智子
山地の狭隘な土地に建てられている御師の宿なので百畳敷は一間百畳でなく合わせて百畳で十分だろう。そのどれもが底冷えしていて固く感じられる。冬期の厳しい生活がこの一語に籠められる。連綿と続く信仰と修行のお山の実態を活写している。
蟻地獄あり宿坊の長屋門 古谷 彰宏
蟻地獄とはなんと大仰な名前だろう。正体は薄羽蜉蝣(うすばかげろう)の幼虫の食卓である。すり鉢状になっていて一旦乗ると抜け出すことが出来ず捕食されてしまう。宿坊の中に入れば信仰と修行で身を守れるが、門の外の俗界は地獄が待っているぞと暗示しているようだ。
金亀虫重忠像に体当り 渡邊 敏雄
板東武者の誉れの高い畠山重忠は鎌倉幕府誕生に貢献したが、初めは反頼朝で途中から親頼朝となったため、疑いの目をかけられ最後は幕府に討たれた。清廉潔白な人格を慕い後世の人は重忠を慕った。金亀虫(こがねむし)と重忠の戦ごっこが微笑ましく平和の時代に相応しい。
御師の吹く笛にストーブ燃え盛る 山岸 美代子
神社に参詣する人々をお世話する御師は、神社専属のコンシェルジュとも言える。
山伏姿で法螺貝を吹く姿で知られるが、神楽にも関わるので、笛も得意だ。力強い笛に合わせストーブも燃え盛る、現代の御師の宿の一面を写生した。
行衣干す雫下萌はじまれる 古谷 多賀子
行を終えて洗われた行衣から雫がしたたり落ちている。地面を見ると濡れた一帯は下萌が始まっている。春になると多くの参詣者が集まり、お山は賑わいを増すことであろう。春先の静かな御師の宿の一こま。
選者吟 萬緑のかなめ神代欅立つ 蟇目 良雨