奉納俳句選評
特選
一席 河鹿鳴く渓の深さや御師の宿 原島 康典
「河鹿」=かじか。水のきれいな渓流に棲む蛙。昼間でもよく鳴くが、ことに日暮れどき1匹が鳴き出すと、一勢に鳴き出すようなこともある。「御師の宿」だからこそ聞くこともあるに違いない。
二席 苔生ふる茅葺き屋根に百合の花 長谷川 栄
「茅葺き屋根」は古くなると「苔」はじめ、さまざまな植物が生えてくる。「百合の花」が咲くようになっては廃屋に近いかもしれない。実際に見たからこそ一句ができたのであろう。
三席 鹿鳴いて御師集落の夜明けかな 内藤 由紀
鹿は1年中山では見かけるので、鹿だけでは無季である。鹿の声が秋の季題である。「御師集落」の一軒宿泊して「夜明け」にその声を聞いた。生涯忘れることはあるまい。
四席 佳き神籤結ふ枝木の芽ほころぶる 橋本 絢
「佳き神籤」とある。大吉など引き当てたのに違いない。「木の芽」吹きの「枝」に「結ぶ」というところが俳句表現のポイントといっていい。
五席 朝靄の山路落葉の湿りけり 津布久 信雄
山地の季節の移り変わりは千変万化である。「朝靄」に包まれ「落葉」の降り積もった「山路」も日もある。「湿り」と感じ取ったことによって一句が成立した。一般の登山者にとは違うところでもあり、おだやかな表現でいい。